これからの観光ビジネスをリードする人材育成に着手した、一橋大学

山内弘隆氏

人口減少の影響によって、大きな経済成長が見込めなくなったと言われる日本。製造業に次ぐ新たなる基幹産業として、ホスピタリティ産業が期待を集めている中、国公立大学もこの分野の人材育成に乗り出しました。2018年4月より「ホスピタリティ・マネジメント・プログラム」を開講した一橋大学(※1)の取り組みについて、一橋大学大学院経営管理商学研究科教授でホスピタリティ・マネジメント高度人材開発センター長の山内弘隆さんにお話を聞きました。

※1一橋大学は、大学院の商学研究科と国際企業戦略研究科を統合し、経営管理研究科を新設。2018年4月に「一橋ビジネススクール」(HUB)としてスタートしました。ホスピタリティ・マネジメント・プログラムは、一橋ビジネススクールが提供するMBAプログラムの一つです。


経済構造の変革を促す、ホスピタリティ・マネジメント

ーー最近、ホスピタリティ産業という言葉をよく耳にするようになりましたが、どのような業種を指しているのでしょうか。

山内 ホスピタリティ産業とは、人の移動や交流によって生み出される経済現象に係る産業です。一橋ビジネススクールでは、旅行、宿泊、交通などの観光業とそれに付随する不動産業などの領域と捉えています。ホスピタリティ産業のビジネス戦略や経営の管理などを体系的にホスピタリティ・マネジメント・プログラムで学びます。

ーーインバウンドで観光立国を目指している日本にとって、ホスピタリティ産業の発展はどのような経済効果をもたらすのでしょうか。

山内 2017年の訪日外国人観光客の数は2,869万人で、2018年は3,000万人を大きく超えると予想しています。東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年には、4,000万人になるでしょう。外国の方が日本で観光をすることで、外国のお金が日本で使われるのですから、これは物を外国に輸出したのと同等の経済効果があります。ちなみに2017年の訪日外国人の旅行消費額は、約4.4兆円(※2)です。トップの自動車の輸出額が約11.3兆円、2位の化学製品が約7.3兆円(※3)ですから、輸出額第3位となり、日本のマクロ経済への影響は大きいと言えます。

国内製造業の空洞化ということが言われて久しいですが、観光業などのサービス業を主体としたホスピタリティ産業は、製造業に代わり、地方での雇用を増やし、経済を支える産業となる可能性があります。古くからある旅館のリニューアルや、旅行者向けの新しいサービス事業の起業に伴い、不動産への投資も動くはずです。「地域産業構造」を変化させ、活性化させていく上で、ホスピタリティ産業は重要な役割を果たします。

※2 観光庁 2017年年間値(速報)
※3 財務省貿易統計(2016年度)

ーーつまり、ホスピタリティ産業の発展は、構造改革になると言うことでしょうか。

山内 おっしゃる通りです。日本の地方都市が疲弊していく中で、公共事業のようなカンフル剤的なものではなく、地方が持続的に稼げる仕組みを作っていくことになりますから、現在の一極集中型の構造が分散していくのではないでしょうか。

また、他の産業への波及効果もあります。例えば「モノ消費」の面では、自動車産業は大きな経済効果をもたらします。それに対し、ホスピタリティ産業は「コト消費」です。なおかつ海外からの観光客がお土産を買って帰る、例えば、日本製のカメラを買って帰ると、「モノ消費」にも効果が及び、製造業にもプラスになります。

ホスピタリティ業界の課題は、リーダーの育成

ーー一橋大学が、ホスピタリティ・マネジメントの分野に取り組むことになった経緯を教えてください。

山内 日本の産業界では、経営学やマーケティングはこれまで製造業を中心に考えられてきており、旅行業や宿泊業などのサービス業に関しては、あまり顧みられていませんでした。私は10年以上前から、経済産業省でサービス業の高度人材育成プログラムに関わっているのですが、それを通じてわかったことは、ホスピタリティ産業においては、経営マネジメントについて教える人材や、研究をしている人がとても少ないということです。現段階では、製造業と比較して経営に対するリテラシーが少々見劣りしているようにも感じます。

経営学やマーケティングを詳しく知らなくても事業は起こせるかもしれませんが、事業を発展させ、産業として高度化させていく時には、経営に対するリテラシーが必要です。一橋ビジネススクールが、ホスピタリティ・マネジメント・プログラムを開講したのは、不足している経営リーダーや研究者などの人材を育成し、輩出するためです。


ホスピタリティ・マネジメント・プログラムの授業が行われている一橋大学千代田キャンパス

どんなカリキュラムを、どんな人が学ぶのか

ーーホスピタリティ・マネジメント・プログラムの特長についてお聞かせください。

山内 一橋大学の出発点は「商法講習所」です。ここでいう商法は、法律ではなく、商売の方法という意味です。よく経済学部と商学部の違いを聞かれますが、経済学は経済全体がどう動くかをウオッチし、商学はもっとミクロな切り口で、企業や地域の経済などをウオッチする学問です。つまり、直接ビジネスに関わる部分の研究を続けてきた蓄積があるのが一橋大学の強みだと思います。

ホスピタリティ・マネジメント・プログラムは、経営管理プログラムのサブプログラムという位置付けになっています。製造業にもサービス業にも共通したコアの部分となる経営戦略、マーケティング、財務戦略などは、主たる経営管理プログラムで学びます。講義は平日の夕方6時からで、土曜日に研究会や特別講義を行う予定です。

ホスピタリティ・マネジメントに関しては、欧米の観光大国はもちろんですが、途上国でも観光をメインに経済を起こしていこうという動きが見られます。お隣の韓国もとても力を入れています。よって、世界には、ホスピタリティ・マネジメントを教えているビジネススクールがたくさんあり、その一つとしてセントラルフロリダ大学ローゼン・ホスピタリティ経営学部があります。そこでは、この分野で世界的に著名な原忠之先生が教べんを執っていらっしゃいます。原忠之先生には一橋大学の特任教授にもなっていただいています。

ーーホスピタリティ・マネジメント・プログラムで学ぶのは、どのような方ですか。

山内 受験する際の出願資格は実務経験3年以上の方です。定員が10名と非常に狭き門でした。入学された方は旅行業、宿泊業などの企業にお勤めの方がほとんどでしたが、中には大手通信会社勤務の方もいらっしゃいました。通信会社は人の移動に関するビッグデータを有しているので、それをツーリズムの業務支援に活用していこうというお考えかもしれません。

2019年度からはもう一歩踏み込んで、MBAプログラムとは別に経営層向けのシニアエグゼクティブ・プログラムも開講する予定です。大学側としては、DMO(地域と共同して観光地域づくりを行う法人のこと)のトップクラスの方、また、直接経営権を持っているような経験豊富な方にも来ていただきたいと思っています。そのプログラムは合宿型となる予定で、来年の春から実施することになっています。

授業風景
一橋ビジネススクールのMBAプログラムの授業風景

新しい産業を築く気概と、意見を交わせるまでの英語力を

ーーホスピタリティ産業における語学力の重要性については、どうお考えですか?

山内 英語に関しては、以前に比べればすいぶんレベルアップしたとはいえ、今も一番の課題といえるのではないでしょうか。これからの経営層を目指す方は、日常の業務レベルの会話にとどまらず、外国人と議論をしたり意見を交わしたりすることができるレベルの英語力は必要だと思います。私の感覚で言えば、ディスカッションは英語のほうがしやすいです。英語は、日本の感覚で気を遣わずに意見を言えますから。ホスピタリティ・マネジメント・プログラムの中にも、英語で授業を行う科目を選択できるようにしています。また、一橋ビジネススクール全体で見ると、全ての講義を英語で行うMBAプログラムも用意されています。

山内広隆

ーーこれから、ホスピタリティ業界のリーダーを目指す方々へ一言お願いします。

 山内 「サービス業は製造業に比べると経済に対する重要性が低い」という偏見を払拭(ふっしょく)して、新しい産業構造を築いていくという気概を持っていただきたいです。AI(人工知能)やIoT(※4)といった技術的な革新も進んでいる領域なので、これらの分野にもしっかり目配りをし、コラボレーションも念頭に置いて、新しい基幹産業として発展させていってほしいと思います。

※4 「Internet of Things」の略。PCなどのIT機器だけでなく、スマートフォンやテレビ、デジタルカメラなどのあらゆる「モノ」をインターネットにつなぐこと

 

山内弘隆(やまうちひろたか)
一橋大学大学院経営管理研究科教授、ホスピタリティ・マネジメント高度人材開発センター長
1985年に慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程を単位修得退学し、中京大学商学部、経済学部専任講師を経て、1991年4月より一橋大学商学部専任講師。1998年より現職。2001年~2002年メリーランド大学ロバート・スミス・ビジネススクールにて在外研究、2005年1月から2008年12月まで商学研究科長兼商学部長


取材・文: 岩崎 唱
写真提供(3・4枚目): 一橋大学
写真(2枚目): photoAC
写真(山内教授): アルクplus 編集部

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