医療通訳でのシミュレーション教育

シミュレーション教育

医学英語、そして医療通訳の教育現場で行われるシミュレーション教育について、国際医療福祉大学医学部の押味貴之さんが紹介します。


安心して失敗できるシミュレーション教育

採血や気管内挿管などの臨床技術の習得が重要視される医学教育では、本物の患者さんを対象とした教育こそが理想的な教育と言える。しかし、当然ながら患者さんを最初の練習台にするわけにはいかない。そこで必要とされるのが本物の医療現場を再現するシミュレーション教育だ。

このシミュレーション教育には、本物の患者さんの代わりに模擬患者を用意してコミュニケーションの教育を行うものや、人体の構造と機能を再現したシミュレーターを使って臨床手技を練習するもの、そして仮想現実を作り出して医療現場の臨場感を体験できるものまでさまざまである。こういったシミュレーション教育では、失敗を恐れることなく、安心して臨床技術の練習を繰り返すことができるのだ。

だが日本の医学教育の現場では、これまでこういったシミュレーション教育はあまり活用されてこなかった。多くの日本の医学部ではシミュレーション教育に投入される資源が少なく、実際に指導できる教員の人的資源も乏しいというのが主な理由だ。

医学英語教育でのシミュレーション教育

しかし状況は変わりつつある。日本シミュレーション医療教育学会の発足に伴い、全国的に医学教育におけるシミュレーション教育の比重が高まりつつある。幸い私が勤務する国際医療福祉大学医学部では、世界最大級のシミュレーションセンターであるSimulation Center for Outstanding Professional Education(SCOPE)が整備されており、学生たちは最先端のシミュレーターを数多く使えるという恵まれた環境の中、安心して臨床技術の練習に励んでいる。

そしてこのシミュレーション教育は医学英語教育にも広がっている。英語での医療面接身体診察の教育において、英語を話す模擬患者さんを準備して練習や評価を行う大学が増えてきているし、シミュレーターを使った手技の練習を英語でも行うことで、より実践的な英語能力を習得させようとしている大学もある。これまでは教室だけで行われることが多かった医学英語教育も、本物の医療現場を再現した環境で行われるようになってきているのだ。

医療通訳教育でのシミュレーション教育

こういったシミュレーション教育は、医療通訳者の教育にも取り入れるべきだと考える。厚生労働省が旗振り役となって作成された医療通訳育成カリキュラム基準では、37.5時間以上の実務実習が必要だが、実際に医療通訳の実習ができる機関は限られている。また、現場で指導できる教員の人的資源も乏しいために、求められている実務実習を実施するのは現実的に厳しい。

このような現状の中、私が指導する国際医療福祉大学の医療通訳講座では、昨年度からさまざまなシミュレーション教育に取り組んでいる。先述のSCOPEにある模擬診察室を使用し、模擬患者が外国語、模擬医療者が日本語で会話をする医療面接動画を15の診療科に関して英語と中国語で合計30本作成した。この動画を使えば授業に模擬患者と模擬医療者を用意せずとも、本物の医療現場を再現することが可能となる。また授業内のロールプレイで同じ表現を何度も練習することができる他、自宅に帰ってからも苦手な部分を繰り返し視聴して通訳練習をすることも可能になるのだ。

そして医療面接だけではなく、実際の器具を使ったロールプレイも行っている。今年度は国際医療福祉大学大学院 保健医療学専攻 特定行為看護師養成分野の院生にご協力頂き、実際の超音波検査器具を用いて腹部の超音波検査をシミュレーションした。参加した方々は腹部超音波検査の知識を学ぶだけでなく、検査の臨場感を全身で感じ取っている様子だった。

医療通訳教育でも、医学教育や医学英語教育と同様、本物の患者さんを対象とした教育こそが理想である。そして医療通訳者も医療者と同様、患者さんを最初の練習台にすることは許されない。やはり医療通訳者にも失敗を恐れることなく、安心して医療通訳技術の練習を繰り返しできる学修環境が必要なのだ。さらに言えば、現場の臨場感を体験することで学修意欲が高まることも期待される。そういったことが可能となるシミュレーション教育を、これからもさまざまな形で提供していきたいと思う。


文: 押味貴之(英語医療通訳者・医師)
イラスト: つぼいひろき

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