「人生経験」が重要? 人工知能時代にこそ求められるコミュニティ通訳者

コミュニティ通訳者

3年おきに開催される通訳の国際会議が、初めて日本で開催されました。国際医療福祉大学医学部の押味貴之さんがリポートします。


日本で初めて開催された「コミュニティ通訳」の国際会議

「コミュニティ通訳」の国際会議である Critical Link International (CLI) の9回目となる会議 Critical Link International 9(CLI9)が、2019年6月14日から16日にかけて国際医療福祉大学 東京赤坂キャンパスで開催された。

コミュニティ通訳とは、「地域コミュニティのサービスにおける通訳」のことで、一般的に「医療通訳」「司法(法廷・警察) 通訳」「行政通訳」「学校通訳」「手話通訳」などが含まれる。報酬や養成が体系的に整備されている「会議通訳」と異なり、コミュニティ通訳は報酬が低く、養成制度が整っていないことが世界的にも問題となっている。

こういったコミュティ通訳に関するさまざまな課題を議論するために、世界中からコミュニティ通訳関係者が3年ごとに集まってCLI が開催されてきたのだが、英語圏以外では初の開催となるCLI9の大会長として主催する名誉を与えられた。前回、スコットランドのエディンバラで開催されたCLI8 では、「新時代にふさわしい通訳と翻訳」がテーマであったが、このCLI9では「人工知能時代のコミュニティ通訳」をテーマに各会場で活発な議論が展開された。

「仲介者」であることが求められるコミュニティ通訳者

一般的に「通訳」と聞くと、多くの人が会議通訳を想定するであろう。会議通訳では「専門家」をサービス対象として、「発表・演説」というコミュニケーションを「同時通訳」で通訳する。そして対象となる言語は、コミュニケーションの場面である「国際会議」の「公用語」となることが一般的だ。

それに対してコミュニティ通訳では、「コミュニティの住民・訪問者」をサービス対象として、「対話」というコミュニケーションを「逐次通訳(話し終えてから通訳する通訳様式)」で通訳する。対象となる言語は、コミュニケーションの場面である「地域コミュニティのサービス」で使われる「多様な言語」となっている。

中でも大きな違いは、対象となるコミュニケーションが、会議通訳では「発表・演説」という「一方向のコミュニケーション」が主体であるのに対し、コミュニティ通訳では「対話」という「双方向のコミュニケーション」であるということである。つまりコミュニティ通訳者にはその性質上、対話の「仲介者」であるということが求められるのだ。

今回の会議では基調講演として、日本の同時通訳の第一人者でもある鳥飼玖美子先生(立教大学名誉教授)を始め、同時自動音声通訳研究の第一人者である中村哲先生(奈良先端技術大学院大学教授)、法廷通訳の世界的権威であるSandra Hale先生(ニューサウスウェールズ大学教授)、そしてコミュニティ通訳研究で大変著名なClaudia V. Angelelli先生(ヘリオット・ワット大学教授)の4名に、人工知能時代におけるコミュニティ通訳の問題点とそれを取り巻く状況を提示していただいた。

この中で鳥飼先生からは、長崎などで活躍した幕府公認の通訳者である「通詞(つうじ)」の仕事とその養成方法が紹介された。この通詞は現代で言うところのコミュニティ通訳者として、対象となる言語と文化をじっくりと学び、対話する二者の間に入りそれぞれの発話を解釈して相互理解を補助するという、仲介者としての役割を担っていたのである。

医療通訳者になるのに年齢制限は必要? 人生経験が重要となるコミュニティ通訳

近年は自動翻訳・通訳機器の発達が目覚ましい。実際に中村先生からは、同時自動音声通訳に関する最新の研究成果が報告された。これらは近い将来「原文に忠実で正確な通訳をすること」というコミュニティ通訳者の役割を完璧に代替できるようになるであろう。

しかしコミュニティ通訳者には、これ以外にも「通訳した内容が正しく理解されたかを確認すること」と「文化の違いを確認して相互理解のきっかけを作ること」という、仲介者としての役割も求められる。CLI9では、この「対話する二者の間に入り、それぞれの発話を解釈して相互理解を補助すること」というコミュニティ通訳の役割がどのように人工知能に代用されるのかを考えることで、現在のコミュニティ通訳を取り巻く問題点の本質を探る議論が展開された。

会場では2つのシンポジウム、1つのパネルディスカッション、2つのワークショップ、7つのポスター発表が実施され、さらに75の口頭発表がそれぞれ「人工知能と通訳」「養成と認証」「医療通訳」「法廷通訳」「その他コミュニティ通訳の話題」という5つのテーマに分かれて実施された。

今回は特に北欧からの参加が多く、ノルウェーやフィンランド出身のコミュニティ通訳関係者が多数集まった。会議の合間にフィンランドの「タンペレ成人教育センター」の教員3名と会話する中で、非常に興味深い発言があった。

現在、日本では「医療通訳の認証」に向けてさまざまな議論が展開されている。私自身も「医療通訳の認証のあり方に関する研究」と「医療通訳認証の実用化に関する研究」に参加させていただいたわけだが、その中で「医療通訳者になるための年齢制限」ということも論点となっている。この年齢制限についてタンペレ成人教育センターの教員に意見を求めたところ、実に面白い回答をいただいた。

「医療通訳が何歳からできるって? そりゃあ私の年齢(40代半ば)よね。自分の人生を振り返っても、いろいろな人生経験を積んでいない若い頃の私には、医療通訳者やコミュニティ通訳者なんて務まらないわよ!」

これを聞いてそれまでの「モヤモヤ」した視界が一気に開けた感覚があった。「人工知能と通訳」と聞くと、実に多くの人が「通訳こそ人工知能に取って代わられる」と考える。ただそれは、コミュニティ通訳者の役割のごく一部に過ぎないのではないか。

コミュニティ通訳者が持つ、「通訳した内容が正しく理解されたかを確認すること」と「文化の違いを確認して相互理解のきっかけを作ること」という仲介者としての役割は、長崎の通詞がそうしていたように、じっくりと時間をかけて2つの言語と文化を体得してきた人生経験が豊富な者にしか担えないのではないか。むしろ人工知能時代にこそ、こういった人生経験が豊富なコミュニティ通訳者が求められるのではないか。そう考えるきっかけとなったのである。

患者さんと医療者の架け橋として、文字通り「仲介者」となる医療通訳者。その養成には「人生経験」という要素を忘れてはいけないと感じる初夏の国際会議であった。


文: 押味貴之(英語医療通訳者・医師)
イラスト: つぼいひろき

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