外国人が安心して受診できる医療現場を目指して――聖路加国際病院の取り組み

聖路加国際病院

聖路加国際病院 病院事務部 患者サービス課国際係 予防医療推進室 原茂順一さん(左)
聖路加国際大学 国際連携センター 中島 薫さん(右)

外国人患者が安心して受診できるように、院内表示の多言語化、全職員への英語学習支援などに力を入れる聖路加国際病院。グローバル化に関する取り組み、海外と比較することで見えてくる日本の医療の特徴、今後の展望などをお聞きしました。


進む患者の多国籍化・多言語化

――聖路加国際病院の創設について、簡単に教えてください。

中島 当院は、1901年(明治34年)にアメリカ人宣教医師により「聖路加病院」として設立され、発足当初より多くの外国人患者を受け入れていました。遠方からも相次ぐ診療患者のニーズに応えるため、増床を重ね、1917年に「聖路加国際病院」と改称するに至ります。聖路加国際大学の前身となる看護学校は1920年に開校し、北米と同等の高いレベルの教育を行うため、アメリカから教師を招き、英語で授業が行われていました。

――現在、外国人の患者さんはどのくらいいますか?

原茂 外国籍の外来患者は(統計を取り始めた)2004年が12955人で、2017年が30220人。入院患者は、2004年は282人でしたが、2017年には888人にまで増えました。どちらも全体の4.6パーセントほどに当たります。

国籍は136カ国ほどで、多い順に中国、アメリカ、韓国、イギリス、インドです(2017年度)。

――院内の各所にある案内板を見ると、「国際病院」を実感します。

原茂 院内の案内表示については、日本語、英語、中国語、ハングルの4カ国語表記です。また病院のウェブサイトや掲示物は、基本的に日本語と英語がフルバージョンで、それ以外の言語については簡易版を提供しています。今後、必要に応じて調整することになるでしょう。

聖路加国際病院

日々の現場から生まれる創意工夫

――外国人の患者さんとのコミュニケーションは、どうしていますか?

原茂 英語が通じる患者さんについては、基本的に問題ありません。ただ、ここ最近の訪日外国人の増加に伴い、出身国の母語しか話さない人が著しく増えていますので、外部の電話通訳サービスも積極的に利用しています。

また病院には、治療や各種検査についての説明書類や同意書が膨大に存在します。基本的に新規作成時は日本語と英語の両方を作成するようにしています。その他の言語については作成後のアップデートも頻繁にあるため、当該言語の書類が必要となった際にその都度、最新版を翻訳し利用、保管するようにしています。

――ナースの皆さんは、どう対応されていますか?

原茂 当院が目指すのは、キリスト教精神に基づく、患者の価値観に配慮した人間的で温かな全人医療です。ナースは患者さんの心に寄り添い、安心して検査や治療を受けてもらえるように、日々試行錯誤を続けています。特に外国人の患者さんは、健康面だけでなく、母語が通じないことからくる不安も抱えることが多いので、ナースには自然と、その両面からサポートしようとする気持ちが根付いています。

例えば病棟ナースがロシア人患者のために、「これから点滴です」などとロシア語と日本語で書いた指差しボードを、ネットの翻訳ツールを使って自主的に作りました。検査技師は、「息を止めて、動かないでください」「もう少し右を向いてください」などといった指示を、国際係のスタッフと相談し、中国語やロシア語の発音通りのカタカナをふったメモを用意し、それを読み上げる工夫をしています。これらのことは患者さんの不安軽減とともに、医療安全上も非常に有用なことです。

共通言語を持たない患者と向き合う体験が、職員の創意工夫の源泉となっているのですから、まさに「必要は発明の母」です。

学生と職員の英語力強化にeラーニングを活用

――職員への英語学習支援として、アルクのeラーニングをご利用いただいていますね。

中島 もともとは聖路加国際大学で導入しました。看護学部には国際医療に関心があり、英語の必要性を自覚している学生も多いのです。

国際病院でも、このeラーニングを全職員が利用できます。臨床の場で外国人患者と接する中で、もっと英語を勉強しなくてはと痛感することが多い分、皆さん学生以上に熱心です。シフトが不規則なスタッフもいますので、PCやタブレットでどこからでもアクセスでき、空いた時間で勉強できる利便性が好評です。

聖路加国際病院

「丁寧さ」こそ、日本の病院の大きな魅力

――日本の優れた医療サービスには、医療ツーリズムの観点からも、期待が膨らんでいますね。

原茂 はい、日本への医療渡航が最近取り上げられますが、実際の医療現場では、コモンディジーズと言われる風邪、腹痛、頭痛、下痢、アレルギー症状などが大半です。これらに対して安全確実に治療し、その中から重大な疾患を見分け、さらなる治療を施すということが求められています。

医療ツーリズムについては、アジアではシンガポール、タイ、韓国の方が圧倒的に先行しています。欧米圏の大学で教授を務めたような経歴の医師を、病院の要職に配置して、高い医療技術を持っています。しかも全体として多国籍環境に慣れていて、人件費が安く行き届いたサービスを提供しています。一例ですが、バンコクの病院には40人もの日本語通訳がいて驚いたことがありました。また、国を挙げて「医療」を産業と認識し、ビザの緩和など各種施策でバックアップしていることも大きな特色です。

――医療を受けるシステムも、国によって違うのですか?

原茂 日本人は基本的に全ての治療が健康保険でカバーされると思っていますし、医師も基本的には選択できる中で一番良い治療をします。日本と同じような保険制度を持った国も存在しますが、多くの国では、患者と加入している保険会社との契約内容によって、治療方法や、使用する薬剤、果ては受診できる病院まで制限を受けることがしばしばあります。

そのため、われわれも実務の中で外国人患者の治療方針策定に際しては、まず医師と相談して治療計画書とそれに対する見積書を保険会社に提出し、保険会社が了解し支払保証書が発行されてから、基本的には初めて治療がスタートできるわけです。

「手術は日本でしてもいいですが、その後の化学療法は、帰国後、国内の医療機関で行ってください」などと、保険会社が言ってくることもあります。そのような場合、患者は日本の医療を受けたくて来日している訳ですから、当然保険会社に不満をぶつけ、交渉が難航します。つまり「保険=お金と医療は密接な関連がある」というのが世界の常識で、日本とはだいぶ違うことを実感させられます。

聖路加国際病院

――日本に医療渡航する方にとって、魅力はどこにあるのでしょう。

原茂 例えば、中国では大病院志向が極めて強いことから、大病院の外来は相当混雑した環境で、じっくり時間をかけて診察や相談に応じられない状況です。このような状況を富裕層の患者は納得できず、いつもごった返している地元の病院には行きたくなくなり、丁寧に対応してくれる日本の医療機関が大きな魅力に映るようです。

日本では当たり前ですが、病状の丁寧な説明、治療方針の説明と患者の価値観に基づいた治療方法の決定といったこと、特に治療効果が思うように上がらず悪い方向に向かっている時ですら、真摯な態度で患者に向き合う医療者の姿勢が外国人患者、特に中国、ロシアの人の心を打つようです。

「人種的偏見もなく、病院全体が、喜び、親切、情熱、真剣さに満ちていた。家族のように患者に接し、熱意と微笑みで、大きな精神的喜びと慰めを与えてくれた。まさに国際病院だ。一生忘れない」と、熱烈な感想を寄せてくれる患者さんもいました。

日本は医療ツーリズム後発組で、これからも多くの国が参入してくるでしょうし、価格競争に巻き込まれれば日本は苦戦を強いられるでしょう。だからこそ、わが国の医療の価値とは何か、私たちは真剣に考えなくてはならないと思います。

――2020年に向けて訪日外国人は増加の一途ですが、国際病院としての今後の抱負をお聞かせください。

原茂 東京オリンピック・パラリンピックには、たくさんのアスリート、大会関係者、そして観戦される方が、海外から集中して東京を訪れることになります。ホスト国の医療に携わる一員として、私たちも今から気を引き締めて臨みますが、在住外国人に対する医療の提供を重視してきたという原点は常に忘れずに、地道で誠実な日々の診療に取り組んでいきたいと思っています。


取材・文: 田中洋子
写真: 横関一浩

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