東京都の訪日外国人医療の現状について聞く ──言葉とコミュニケーションのギャップ、これからの対応を見据えて

島﨑美奈子先生

2017年の訪日外国人は2869万人と過去最多。政府は、東京五輪・パラリンピックが開催される2020年に4000万人まで増やす目標です。訪日客の急増に伴い、日本の医療機関にかかる外国人の増加が見込まれますが、医師会や行政はどのような受け入れ対策を進めているのでしょう。また、個々の医療機関にはどんな備えが必要なのでしょう。東京都医師会理事で外国人医療を担当する島﨑美奈子先生にお聞きします。

島﨑美奈子 先生 東京都医師会理事。大橋眼科クリニック院長。眼科専門医。
慶應義塾大学医学部卒。2003年、東京都目黒区に大橋眼科クリニックを開業。「眼から全身を診る」をモットーに、身体全般、生活全般の話を聞きながら診療を進めている。地域に根ざした眼科医として、あらゆる年齢層のあらゆる疾患に対応しており、外国人受診者も年々増加。在留の方が中心だが、訪日客では、中国、韓国、ベトナムといったアジア圏や欧米からの方々が訪れる。
東京都医師会に加え、目黒区医師会の理事も務める。東京都学校医。目黒区学校医。慶應義塾大学医学部三四会(医学部同窓会)理事。

軽症でも大きな病院を受診するケースが多い

――観光目的で来日する外国人の方の受診には、どのような傾向があるのでしょうか。

島﨑 統計にもよりますが、訪日外国人の方の2~4パーセントが、日本滞在中に何らかの病気やけがで医療機関にかかるといわれています。1日の観光を終えて、宿泊施設で夕食後に調子が悪くなる。明日には帰国するから、あるいは明日もたくさん観光したいから、今日のうちに診てもらおうということで、救急車を呼び、大きな病院を受診される傾向がみられます。もちろんそれが全てではありませんが、訪日外国人の方がクリニックに来られるケースは現状では少ないと思います。

――外国人の方でも、軽症の場合はクリニックや中小病院を受診してもらったほうがいいわけですね。

島﨑 そうです。ただ、訪日外国人の2~4パーセントといわれる受診者のうち、軽症の方がどれくらいいるのか、ある程度は把握できていますが、どのような疾患でどこの医療機関を受診しているのか、全国的なデータはありません。あとでご説明しますが、平成30年度から、厚生労働省が外国人患者の受け入れに関するモデル事業をスタートしたので、これからエビデンスが得られていくと思います。

――救急車を使わない場合、外国人旅行者の方はどうやって医療機関を探すのでしょうか。

島﨑 例えば東京都では、対応可能な外国語などから医療機関を検索できるWebサイト「ひまわり」を通して情報提供を行っています。平成29年度には英語、中国語、韓国語など16カ国語の多言語化を図り、さまざまな国からの旅行者の方にも検索しやすいように工夫をしました。


東京都医療機関薬局案内サービス「ひまわり」。ベトナム語やミャンマー語、タガログ語を含む16カ国語について、それぞれ対応できる医療機関が検索可能。

約85パーセントはアジア圏からの訪日。多言語化への対応が急務

――外国の方が受診されたときの言葉の問題についてはいかがでしょうか。

島﨑 英語であれば多くの医療機関は対応できるでしょう。一方、観光庁の発表では、2017年の訪日外国人の約85パーセントは東アジアや東南アジアの方々です。ベトナム語やクメール語、ミャンマー語など、いわゆる希少言語を話す方も訪日されているわけです。2020年の東京五輪・パラリンピックに向け、訪日される方の国籍はさらに多様化していくと思います。多言語化、希少言語への対応は喫緊の課題です。

東京都では、医療機関向けに電話による通訳サービスを提供しています。ただし現状は救急に特化しているため、平日日中の利用はできません。また、対応言語も限られています。

先ほどモデル事業について触れましたが、東京都医師会では、厚生労働省の「平成30年度 医療機関における外国人患者受入れ環境整備事業」の柱の一つである「団体契約を通じた電話医療通訳の利用促進事業」を受託しました。希少言語への対応なども念頭に、モデル的に電話通訳サービスを活用・検証していきます。

もう一つ、東京都は行政機関として、モデル事業の別の柱である「地域における外国人患者受入れ体制のモデル構築事業」の実施自治体に選定されています。どの区にはどこの国籍の在留外国人の方が多いといった統計もありますので※、そうした地域特性も踏まえて都内の複数地区でモデル事業を進めていく予定です。

※中国籍、韓国籍、朝鮮籍の外国人は新宿区が最も多く、ベトナム国籍、ネパール国籍は新宿区や豊島区、フィリピン国籍は足立区、インド国籍は江戸川区が多い(東京都生活文化局「東京都多文化共生推進指針」)。

島﨑美奈子先生

地方のクリニックも他人ごとではない

――外国人の方の診療で特に気を遣うのは、どういう部分でしょうか。

島﨑 インフォームドコンセント(医療者による説明と患者の同意)ですね。医師は、日本の方に対しても、病気で不安な思いに配慮しつつ、常に慎重に言葉を選びながらお話をしています。

その難しさが、訪日外国人の方の場合は増幅されるわけですよね。渡航先で病気になり、言葉も通じず、不安で仕方がない。慌てている。そうした状況でも確実なインフォームドコンセントが取れるようなシステムを作っていかないと、訪日の方に安心して治療を受けていただけないし、医療トラブルのリスクも高まるのではないかと思います。

他にも、帰国のために医療の継続が絶たれることもトラブルの原因です。ベースにある問題は、医療制度の根本的な相違や医療に対する考え方が多様なことです。

一方で、サービスには対価が伴います。それを医療費としていかに担保するかという問題もあります。

──厚生労働省の調査によると、訪日客や在留外国人を受け入れたことのある医療機関の35パーセントが、平成27年度の1年間に未払いを経験しているそうですね。

島﨑 日本に3カ月以上在留されている方は、住民基本台帳法の関係で保険証の取得が可能です。しかし訪日の方はいわゆる自由診療(自費診療)になります。自由診療の枠組みの中で、時に高額になる医療費について、どう説明し、いかに納得してお支払いいただけるかが問われます。現状は多くの受け入れ医療機関が、院内の多言語対応や、通訳の委託費などの費用負担をしています。

訪日の方が民間の保険に加入している場合は、保険対応も必要です。外国の保険には、加入者が医療費を支払い、後で保険会社からキャッシュバックされるものなど、さまざまな種類があります。あまたある保険にどう対応するのか。保険請求の書類の作成や保険会社との交渉をどうするのか。医療機関で対応できない場合は、専門機関が相談に応じるシステムも必要になってくるでしょう。

――後日、保険会社から支払われるにしても、本人が立て替えできないケースもあるでしょうね。

島﨑 医療費の支払い方法の解決策として出てくるのがキャッシュレスサービスです。クレジットカード会社への手数料も医療機関には負担になります。現状、小規模の医療機関でクレジットカードに対応しているところは少ないでしょう。より進んだキャッシュレスの時代に、小規模の医療機関がどこまで対応できるのかは難しい問題です。

地方の医療機関にとっても、外国人旅行者の受け入れは他人ごとではありません。今は皆さん、SNSの情報をもとにピンポイントで観光されますよね。「どうしてここに?」という場所に、急に外国の方がたくさん訪れたりします。何も備えのないクリニックに、外国人旅行者の方が不意に訪れる可能性もあるわけです。やはり全国的に取り組まなければならない課題だと思います。

文化や医療システムの違いに対する配慮

――東京都医師会の外国人医療を担当されている立場上、文化や習慣の違いによるトラブルの話も耳にされるのではないでしょうか。

島﨑 最近、そういった事例は増加傾向にあります。東京都では、平成28年度より「医療機関における外国人患者対応支援研修」を行っていますが、宗教的な配慮などとても興味深い事例発表があります。例えば入院時のハラル食(イスラム教の法律にのっとった食事)への対応などです。

――医療システムの違いについてはどうでしょう。アジアでは医療費を前払いする国もあると聞きます。日本で治療後に医療費を請求され、「こんなに高額になるとは思わなかった」とトラブルになることもありそうですが。

島﨑 そうしたリスクが想定される場合には、事前に医療費の概算を提示することが大切です。日本の医師にはそのような習慣がありませんし、金額の提示には医療者として抵抗もありますが、そこは乗り越えていかなければならないと思います。

クリニックの先生方からは、「保険診療のように点数を決めてくれないと、なかなかこちらからは言い出せない」という声もありますが、自由診療ですから一律に価格を決めることはできないのです。

東京五輪に向けた危機感と使命感

――医療通訳サービスに求めることは何でしょうか。

島﨑 質ですね。外来を訪れた患者さんは非常に慌てています。症状の細かなニュアンスを伝える語学力が求められます。また私たちがお話しするのはテクニカルタームが中心です。それを正確に通訳できることを認定する公的な資格制度が、これから整備されていくでしょう。

電話通訳サービスを利用するにしても、通訳アプリが入った端末を使うにしても、手間も時間もかかります。電話通訳で30分くらい外来の電話回線がふさがってしまうこともあります。訪日外国人の方の対応に時間がかかると、いつも来ていただいている方をお待たせすることにもなります。だから外国人の方を拝見しない、ということではなく、受け入れ環境の整備が日本の医療機関に求められているのです。

現実問題として、今後さらに急増する訪日・在留外国人の患者さんの電話通訳サービスや通訳アプリの費用に関しては、本来なら医療費に上乗せできるのですが、今は自院で負担されている例が多いと伺っています。

――課題や困難が多い中、それでも訪日外国人の方の受け入れを推進しようというモチベーションはどこから来るのでしょうか。

島﨑 医療者には、病気の方がいれば拝見するという医師法上の応召義務があります。私たちの信念としても、病気で困っている方がいれば対応して差し上げなければいけません。

2020年の東京五輪・パラリンピックは夏に開催されます。一番暑い時期に、皆さんが熱中症で具合が悪くなったとき、受け入れの準備ができていないと現場の混乱が生じます。多言語対応も含めた医療機関の外国人受け入れ環境の整備を急がなければならないのです。

――切実な問題ですね。2020年が楽しみ、とばかりは言っていられませんね。

島﨑 東京オリンピックの観客動員数は、約1000万人と試算されています。東京都医師会は病院、救急、ICT、感染症、地域医療、そして外国人対応医療それぞれの分野の担当理事が、スクラムを組んで東京五輪・パラリンピックに向けて、開催後のレガシー作りにつながるよう日々取り組んでいます。楽しいものになるようにと、私たちもがんばっています。

島﨑美奈子先生


取材・文:内田 弘壽 (zaza)
写真:横関 一浩

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