世界一の観光大国アメリカを支えるのは、民間のコミュニケーション力

Everyone Is Welcome

昨今、海外旅行の行き先が多様化しているにもかかわらず、アメリカは1999年以降、国際観光収入額世界1位(※)の観光大国であり続けています。その秘密を探るため、カリフォルニアやシカゴなど、多くの観光地のマーケティングを世界に向けて行っているコネクトワールドワイド(CWW)の日本法人代表取締役、マージョリー・L・デューイさんにお話を聞きました。
UNWTO Tourism Highlights, 2017 Edition


州や町が独自に観光戦略を推進するアメリカ

多くの国には、自国の観光戦略を担う政府観光局のような公的機関がありますが、アメリカには長い間それがありませんでした。アメリカは教育から税制まで、州ごとに独自の法律や制度を持つ連邦国家。インバウンド誘致についても、州や町がそれぞれに観光局を設置し、コネクトワールドワイド(CWW)のような観光マーケティングを手掛ける民間企業に、プロモーションなどの施策を委託するのが一般的です。CWWは、カリフォルニア州、バージニア州、イリノイ州をはじめとする13州と、ロサンゼルス、ラスベガス、シカゴ、メンフィスなどの7都市、ミシシッピ川周辺地域などの観光マーケティングを、世界各地で展開しています。

アメリカ地図アメリカには50の州がある。国土の面積は371.8万平方マイルで日本の約25倍。
人口は3億875万人(2010年4月 米国国勢局)

「『アメリカ』と一口に言っても、州や都市によって特徴は大きく違います。特に海外から見ると、広くて多様すぎて、ひとまとまりの観光地としてメッセージを発信しても、伝わりにくい。効果を上げるには、州や都市、地域ごと、さらにターゲットとする国ごとに打ち出し方を変える必要があります。そして、アメリカにおいて『観光』はイコール『雇用』です。雇用を生むために観光客を呼ぶ。だからこそ、各州は、それぞれの魅力を伝える努力をしてきました」と、CWW日本法人代表取締役のマージョリー・L・デューイさんは言います。

次世代のファンを育てるカリフォルニア、大人に魅力を伝えるシカゴ

州や町が独自に行っている観光施策の事例をデューイさんに聞きました。「カリフォルニアの場合、日本にファンは多いものの、近年、その層の年齢が高くなり、若い世代の関心が下がっていることに対する危機感があります。そこで、『カリフォルニア・ドリームキッズ』というブランドを作り、日本の家族向けの旅行商品などを、1年半ほど前から代理店に販売していただいています」。

ビーチやテーマパークをアピールするだけではなく、家族でカリフォルニアを楽しめる新しい旅行を提案するこの試みには、日本の子育て世代にカリフォルニアの良さを伝えたい、そして彼らの子どもたちに、小さな頃にカリフォルニアを体験してもらうことで、次世代のファンになってほしいという狙いがあります。

LAサーフィンや音楽でおなじみのカリフォルニアには、人気のテーマパークや
2つの世界遺産を含む国立公園の自然など、家族で楽しめるスポットが多数ある

「シカゴは『建築とアートの町』。世界最初のスカイスクレーパー(超高層ビル)があり、建築家のフランク・ロイド・ライトがオフィスを構えた場所です。有名な建築がたくさんあり、建築を学ぶ人は必ず訪れると言われています。また、シカゴ美術館など多くの博物館もあります。さらに、ニューヨークに次いでレストランのレベルが高い『グルメの町』でもある。シカゴブルースやジャズも有名です。こうした特徴は、特に35歳以上の大人に魅力を感じてもらえると思います」。

Chicago摩天楼発祥の地と言われているシカゴの街

テロやSARSなどによる10年間の観光低迷期

アメリカは長く、世界中から多くの観光客を引きつけてきた観光大国ですが、道のりはいつも順調だったわけではありません。真っ先に思い浮かぶのは、2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件(911)です。しかし、デューイさんは「アメリカの観光業は、その前から低迷しつつあった」と言います。「海外旅行の行き先が多様化し始め、 例えば、日本人にとって『海外旅行=アメリカ旅行』だったものが、東南アジアに行く人も増えつつありました。相対的に2000年頃からアメリカを行き先に選ぶ人が減っていったのです」。

そんな中で起きたのが、911です。その後も、2003年に原因不明の急性肺炎としてアジアを中心に拡大したSARS(重症急性呼吸器症候群)、同じ年に始まったイラク戦争、2008年のリーマンショックと、観光産業には厳しい出来事が続きます。

「2000年以降の10年間は厳しかったですね。この時期は、どんなプロモーションをしても効果が出ませんでした。特に日本人は、ネガティブな出来事に敏感です。911の後も、ヨーロッパからの観光客は、一時的に減少したもののすぐに回復しましたが、日本人は戻るまでに数年かかりました」と、デューイさんは当時を振り返ります。

しかし、その10年間もアメリカの国際観光収入額は世界一であり続けています。伸び率は鈍化したものの、不動の地位を揺るがすまでには至らなかったのです。低迷期を経て、アメリカ政府が2010年に設立したのが「ブランドUSA」という非営利機関です。観光局とは異なり、アメリカ全土のブランド力を強化するためのマーケティング活動をしています。2010年に成立した「旅行促進法」によってできた、官民合同の第3セクターの団体ですが、資金源は税金ではなく、アメリカに来る旅行者から徴収するESTA(電子渡航認証)申請料と、旅行業界からの供出金で賄われています。

「ほとんどの国は、政府主導で観光政策を推進しますが、アメリカは例外的で、昔から民間主導です。観光施策に関する考え方がまったく違うのです」と、デューイさんは背景を説明します。

全米に広がったキャンペーンEveryone Is Welcome

2017年も、観光産業にとってチャレンジとなる出来事がありました。ドナルド・トランプ大統領の就任です。トランプ大統領は、選挙中から移民や難民に対する差別的な発言をしてきた他、就任直後には中東やアフリカなどからアメリカを訪れる人に対し、渡航規制などを行いました。「アジアからの観光客にはあまり影響が出ていませんが、ヨーロッパからアメリカを訪れる人は減っています」と、デューイさんは表情を曇らせます。

観光業界も看過はしていません。2017年4月にはロサンゼルスがEveryone Is Welcomeキャンペーンを開始。多様な人種や民族、LGBT(性的マイノリティー)の人たちが登場するプロモーションビデオを公開した他、ロサンゼルス国際空港の滑走路近くの公園に、約1,000人のボランティアを集め、空港に着陸する国際線の飛行機に向けて大きな “Welcome”のサインを形作るイベントを実施しました。サインは英語の他、スペイン語、中国語、アラビア語で表されました。

こうした動きはすぐに全米に広がり、各地で同キャンペーンが展開されました。デューイさんはこの動きについて、次のように話します。

「大統領=国ではありません。『アメリカはこれまで通り、世界中の人たちを歓迎しています』というメッセージを、各地域が世界に向けて発信しました。『誤ったメッセージが広まる前に、良いメッセージを世界に伝えなくてはならない』という危機感を、アメリカ中の観光産業関係者が行動につなげたのです。素早く対応したお陰で、影響は最低限に抑えられたのではないかと思います」。

ネガティブなニュースへの対応は迅速に

ネガティブなニュースやメッセージの方が、ポジティブなものよりも人の印象に残りやすいとデューイさんは言います。「例えば、大型のハリケーン『カトリーナ』がアメリカ南東部を襲ったのは2005年で、もう13年も前になります。それでも、いまだに『ニューオリンズは観光で訪れても大丈夫?』と言われることがあります」。

昨年10月に起きた、カリフォルニア州北部の大規模な山火事もそうです。「確かに、一部のワイナリーは被害に遭いましたが、影響がなかったところが大半。それでも、ワイナリーツアーを中止した旅行会社までありました。観光客が減ると、地元の収入も減るので復興にもマイナスになります。できるだけ早く対策を取り、正しい情報を発信する必要があります。観光マーケティングには、スピーディーなコミュニケーションが大切です」と、デューイさんは強調します。

不屈のコミュニケーションスピリットが長年、世界一の国際観光収入額を記録し、また、旅行者を魅了し続ける理由なのかもしれません。


取材・文: 大井明子
写真提供(1枚目): LATCB
写真: photoAC

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