観光大国タイに学ぶ。成長のカギを握る3つのキーワード

大きな経済効果を生む、観光先進国のインバウンド成功事例をお届けします。2017年度の外国人観光客数が3,300万人で世界第9位となったアジアの観光大国、タイ。いつから、そしてなぜタイは、観光大国と成り得たのでしょうか。タイ国政府観光庁東京事務所長の、パッタラアノン・ナチェンマイさんに伺いました。


国内の観光活性化から始まった、タイの観光政策

タイで観光に対する意識が高まり始めたのは、1950年代後半。国内の鉄道が整備され、首都バンコクを拠点に、多くの国民が国内各地を旅するようになったことがきっかけです。1960年にはタイ国政府観光庁が設立され、主に国内旅行向けのプロモーション活動を行うようになりました。

観光地として目指す姿を描いた基本計画が作られ、空港や鉄道、ホテルなど、インフラの整備が進み、1980年代に入ると、海外から観光客を呼び込むことに力を入れ始めます。タイ国政府観光庁東京事務所長ナチェンマイさんは、「お客さまをもてなすことが大好きなタイ人の気質と、政府の観光政策の相乗効果で、ここまで多くの人が世界中から訪れるようになったのでは」と話します。

ほほ笑みの国、タイ観光客をもてなす場には、タイの人々のほほ笑みがある

観光収入の増加に、長期滞在者数の伸びが貢献

国連世界観光機関(UNWTO)による、海外旅行客から得た観光収入のランキングを見ると、2016年度、タイはアメリカ、スペインに次いで世界第3位で、2年続けて10パーセント以上の伸びを示しています。その額は、約1兆6,335億バーツ、日本円で約5兆5,500万円(※1)に上ります。

※1  1バーツ=3.4円として算出

何が、これほどの成長をけん引しているのでしょうか。秘密を解くカギは、3つのキーワードに秘められています。その1つ目が、「ロングステイ」です。長期滞在の観光客の増加が、観光収入の増加に寄与しているのです。

タイでは10年ほど前から、比較的長く滞在し、消費額も大きい、欧米からの観光客の割合が増えています。2016年は、外国人観光客のうち22.4パーセントがヨーロッパや北米からの観光客で、その観光収入は全体の31.8パーセントを占めました。「特に、ヨーロッパの冬は長くて寒いですから、年中気候の良いタイが好まれているようです」とナチェンマイさんは言います。

タイのビーチリゾートタイは常夏のビーチリゾートの宝庫

「またタイは近年、定年退職者などのシニア層に対するプロモーションにも力を入れており、年金受給者に関してはビザの条件を緩和しています。時間の自由が利きやすいシニア層は、他の層に比べて長期滞在する傾向があるからです。長期滞在するということは、生活のためのインフラが求められます。シニア層の場合は、体調を崩すリスクが高いので、外国人に対応できる医療機関の整備が必要です。こうした環境を整えるのは簡単なことではありませんが、メリットも大きいのです」とナチェンマイさんは説明します。

その理由として、長期滞在の観光客は、短期の観光客に比べると時間あたりの消費金額は多くないものの、買い物や習い事をしたり、コンドミニアムなどの不動産に投資したりと、観光業以外のビジネスにも経済効果をもたらすこと。また、観光客が少ない時期に滞在する人もいるので、閑散期を埋めてくれるからだそうです。

タイには質の高いサービスを受けられる医療施設が多数ある

質の高い医療サービスを受けながら、観光も楽しめる

シニアのロングステイに欠かせない医療機関の国際化は、2つ目のキーワード「メディカルツーリズム」につながります。

「タイの医療機関は、世界的に見ても水準が高いのに、費用が安く、英語を話す医師も多いため、昔からアジアや中東の富裕層が医療サービスを受けに来ていました。こうしたトレンドに政府も着目し、さらにメディカルツーリズム(※2)を推進しようと、2000年ごろから力を入れています」。

※2 健康診断、美容整形、臓器移植、出産、性転換手術、その他の医療行為を目的に他国へ渡航すること

タイでは、観光庁と保健省が協力してメディカルツーリズムの環境を整備しています。指標として用いられる、国際的な医療施設認証機関、Joint Commission International(JCI)の認証を受けている医療機関の数は、日本が25施設なのに対し、タイは63施設です。バンコク、チェンマイ、プーケット、パタヤなどの病院には、英語だけでなく日本語やアラビア語などが話せる医師や通訳者がいます。2015年のデータですが、年間約300万人が医療目的でタイを訪れ、その収入は約47億ドル(日本円で約4,980億円)にのぼりました(※3)。

※3 1ドル=106円として算出

ナチェンマイさんは、「タイは、国際レベルの医療サービスを受けながら、ビーチや観光なども楽しめるのが魅力」と話します。家族連れでタイを訪れる患者のために、家族と宿泊できる病室を持つ病院や、ビーチや観光地にシャトルバスを出して送迎する病院もあるそうです。

まだ知られていない、地方の魅力を知ってほしい

順調に成長を続けているように見えるタイの観光産業ですが、「課題はまだ多い」とナチェンマイさんは語ります。観光庁が最近取り組んでいるのは、行き先の多様化です。ここで挙がるのが、3つ目のキーワード「地方の魅力」です。

「タイの見どころは、首都バンコクだけではありません。まだ知られていない地方の小さい町にも、魅力はたくさんあります。これをもっと世界の多くの人に知ってもらい、足を運んでほしいと考えています」。

こうした思いから同庁では、「Open to the New Shades」(新しい色合いへのいざない)をテーマにしたキャンペーンを行っています。

ナチェンマイさんは先日、バンコクとチェンマイの間にある、ウタイターニー県に2泊したそうです。「とても静かでユニークなところでした。地元の魚を使った料理は、ほかのタイ料理と比べて辛くなく、独特の甘みがあっておいしかったです。物価も安く、静かで、子どもの頃を思い出すようなノスタルジーを感じました。皆さんにも、こうした町を『発見』してほしいと思います」。

トゥクトゥク観光客にも人気のトゥクトゥク

観光産業に従事する人のための無料英語講座を実施 

近年、観光庁は、地方で観光産業に携わる人たちの教育の面にも、力を入れています。

例えば、英語教育は、小学校から始まりますが、ナチェンマイさんによれば「一般の人はそれほど英語ができるわけではない」そうです。観光庁は、宿泊施設や飲食店の従業員、タクシーやトゥクトゥク(オート三輪のタクシー)の運転手など、観光業に携わる人向けに無料の英語講座を実施。対象によって期間は違いますが、多くは1日で、「どこに行きますか?」「料金は〇〇です」など、必要最低限の英語表現を学びます。

最近では、こういった講座は地方でも開催されていて、英語だけでなく、町を清潔に保つことや自分たちの文化を大切にすることなどの重要性についても教えています。また、地域によっては日本語や韓国語の講座も行っているそうです。

旅行者の滞在先が多様化すれば、2度、3度とタイを訪れるリピーターも増えます。すでに、タイの訪問が2回目以上という観光客は、全体の60パーセントを占め、日本人では80パーセントにも上る旅行者がリピーターだそうです。「定番の観光地から足を伸ばして、地方の文化を体験する観光客も増えていますね」。

最後に、観光国としての日本の潜在力について、ナチェンマイさんに聞きました。

「タイの観光は長い歴史があります。でも日本が観光に力を入れ始めたのはつい最近です。それなのに外国人観光客が急増しています。日本は、ホテルや交通機関などのインフラはすでに整っていますし、歴史や文化も豊かで魅力的。大きな可能性を持っています。ぜひその資源を上手に生かしてほしいです」。


取材・文:大井明子
写真提供(1~4枚目):タイ国政府観光庁
写真(5枚目):photoAC

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