すしを通して、日本の魅力を伝えたい<第2回> ――海外からのお客さまに喜んでいただけるコミュニケーションを目指して

手塚良則氏

東京・大森海岸に100年以上続く老舗のすし店「松乃鮨」。その4代目となる手塚良則さんは、すしの魅力を海外の人に伝えることに力を入れています。第2回は、すし職人として、訪日外国人客をおもてなしする上で大切にしていることや、英語について語っていただきました。(第1回はこちら

手塚良則さん
松乃鮨」の4代目。東京都ふぐ調理師免許、日本ソムリエ協会・ソムリエ資格取得。慶應義塾大学商学部卒業。在学中にスタンフォード大学に留学。卒業後、旅行会社に入社し、スキーガイドとして海外に4年間駐在。帰国後、松乃鮨で本格的にすし職人としての修行に入る傍ら、すし文化の海外への発信にも力を入れている。
2015年ミラノ国際博覧会「ジャパンデー」での和食エキシビションや、2016年トリノでの食の祭典「テッラ・マードレ・サローネ・デル・グスト」で握りずしを披露。国内外のイベントやパーティーなどでの出張握り、すし文化や日本の食文化を紹介する大学や企業の研修講師としても活動。訪日外国人向けには、築地市場での仕入れとすしを握る体験講座を毎月行っている。

「内容」が大事だと気付いてから、英語を話せるように

――英語がとてもご堪能ですが、どのように習得されたのですか?

手塚 英語はずっと苦手だったんです。中学・高校は、生徒の3分の1が帰国子女という環境で、英語を話すと「発音が違うよ」と言われたりして嫌だったんですね。英語の勉強を全然しなくて、よく落第点も取っていました。

大学進学後も英語は苦手なままで、1、2年で取るべき英語の単位を落とし、3、4年でもまだ英語のクラスを取っていました。そんな状況でしたが、4年生の時に異文化コミュニケーションを専門とする先生に出会って、英語への認識ががらりと変わりました。

担当の吉田友子教授に、「英語はコミュニケーションツールの一つ。正確に話すことよりも、言いたいことを伝えることが重要」だと教えていただき、プレッシャーから解放されました。当時の僕は、正確さに縛られるところが割とあったんです(笑)。

授業は毎週英語のプレゼンがあって、面白かったです。発表者は、いかに聞き手の興味を引き込むかを考えて、プレゼンをする。僕は話したいことはいろいろあったけれど、どう伝えていいのかが分からなかった。それが友子先生の授業を受けているうちに、だんだん英語で話せるようになっていきました。その後、交換留学もしましたし、卒業後に世界に出ることができました。

一人一人の好みに合う「おまかせ」を提供

――松乃鮨さんでは、海外からのお客さまをどのようにもてなしているのですか。

手塚 外国人のお客さまはそれほど多くはなくて、一日に一組あるかないかですが、基本的に「おまかせ」をお出ししています。松乃鮨の「おまかせ」は、一人一人出すものが違うんですよ。

お客さまの好みを把握して、その人の好きなものを握ります。同じアジでも、さっぱりとした淡路のアジがいいのか、ちょっと脂のある鹿児島の出水のものにするか。あるいは、塩で締めたコクのある山口の萩のアジがいいのか。お客さまに合わせて違うものをお出しする。それをするのが、松乃鮨のおもてなしの仕方です。

このやり方を外国のお客さまに正確に説明するのは難しいのですが、「好みを聞いて、その人のためのone to oneのメニューを作る」と説明しています。

予約時には、食べられないものや好みを聞いて、宗教やアレルギーの有無も質問します。

手塚良則氏

――生魚が苦手なお客さまには、何を出すのですか。

手塚 炙りや焼いたものをお出しします。マグロは炙っても握れますし、貝も炙ってから七味唐辛子を付けるとおいしいんです。エビはもともとボイルしているし、アナゴも蒸したり焼いたりしますから大丈夫ですね。

ベジタリアンの方なら、アボカドや焼いたナスも握る。煮たシイタケをお出しすることもあります。

すし職人はいろいろな技を持っています。それを使って、お客さまをどう満足させるかが仕事です。

海外のお客さまにどう対応するかは、それぞれのお店の考えがあると思います。「うちのすしはこれだ」と、お店のスタイルにこだわるのも一つの策でしょう。

ただ、僕はできるだけ、外国の方に喜んでいただけるものをお出ししたい。日本に来て、慣れ親しんでいない生魚にトライしてくださっているのだから、ありがたいなと思って握っています。

日本文化が体感できる、日本料理

――あらためて、すしの魅力は、どんなところにあると思いますか?

手塚 おすしは総合芸術、文化の集大成だと思います。すしのネタとなる魚は、プロの漁師さんが獲る。そのクオリティーを判断するのは築地(市場)のバイヤーさんで、僕らすし職人はどうやっておいしく食べてもらうかを考えるプロです。魚をどの角度でどの厚さに切るか、すぐ食べるのか、1週間寝かせたほうがいいかといったことを判断します。

松乃鮨では富山の農家の方にお願いして、専用のコシヒカリを作っていただいていますが、ミルキークイーンを使っているお店もあれば、ササニシキを使うお店もある。それぞれこだわりを持ってお米を用意しています。

その他ワサビやお酢など、さまざまなプロフェッショナルの技が合わさって、一貫のおすしが出来上がるのです。

これはおすしだけではなくて、日本料理全般にも言えることです。懐石ですと、さらに器があり、料理屋さんのしつらえといったことも入ってくるでしょう。つまり、すしなどの日本料理を味わうことは、日本の文化を体感することなんですね。

手塚良則氏

すしを通じて日本の食文化の素晴らしさを発信したい

――すし文化の素晴らしさは、まだ十分には伝わってはいないかもしれませんね。

手塚 もともと日本は主張する文化ではないんですよ。例えば和食店では、とても良いお茶を出すときも、詳しい説明はせずにさりげなくお出しする。分かる人だけ分かればいいという考えなんですね。説明するのは粋ではない、野暮だと考えるんです。

日本人同士なら成り立つ話ですが、これは国際社会では通じません。きちんとアピールをしないと理解してもらえない。

だから、僕はすしを通して日本の食文化の素晴らしさを世界に発信していきたい。

例えば獲り方ひとつで魚の味は全然違うといったことは、日本人にもあまり知られていないのではないでしょうか。マグロを一本釣りで釣る場合でも、上手な人と下手な人では味が全く違います。無理やり釣ろうとすると、マグロが暴れて体内の温度が上がり、「身が焼ける」状態になって、身がぱさぱさになってしまうのです。

漁師さんから最終消費者に届くまでに、温度管理から魚の扱い方まで、その全てが他の国とは異なる日本の文化そのものだと言えます。

築地市場では「どこの産地で、だれが釣ったマグロ」ということで判断して、値付けがされます。日本の魚文化は、本当に世界に誇れる文化だと思います。

手塚良則氏

――日本人がまず知っておきたいこともたくさんありますね。

手塚 実は、海外に駐在される社員の方向けに企業で研修をすることもあります。海外に行くと、自分の国の文化について聞かれることは多いですよね。豊かな日本の食文化を知っていただきたいという思いでやっています。海外では、特におすしは関心が高いし、親しまれているので話題にしやすいですよ。誇りを持って海外に出て行っていただけたらと思います。

僕としては、若い人たちにもっとすしや、日本の食文化について教えたいです。今後、日本は人口が減って経済力も落ちるかもしれませんが、「文化力」はすごく高い。その高い文化力をきちんと表現できるということが、国際社会において重要になってくるのではないでしょうか。文化力の一つとして、すしの文化や日本の食文化を発信していきたいですね。


大森海岸・松乃鮨
東京都品川区南大井3-31-14
営業時間:昼11:30~13:30(L.O)
夜16:30~22:00(L.O)
定休日:日曜・祝日


取材・文:原 智子
写真:横関一浩

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