ダイバーシティ&インクルージョンが求められる日本の医療現場

ダイバーシティ&インクル―ジョンが求められる日本の医療現場

近年、医療機関を利用する外国人患者の数が増えています。現場の対応やニーズ、医療文化の違いについて、英語医療通訳者の育成に携わる医師、押味貴之さんが紹介します。

※ Diversity & Inclusion: 多様性を大切にし、個々の違いを認めて生かし合うこと


増加する外国人患者

全国の病院を訪れる外国人患者の数が増加している。厚生労働省の調査※1によると、2017年度に約8割の医療機関が外来患者として外国人を受け入れた実績があり、さらに約6割の医療機関が入院患者として外国人を受け入れた実績があると報告している。

そして、これら受け入れ実績のある医療機関のうち、65パーセントが「日本語でのコミュニケーションが難しい外国人患者」を受け入れたと報告している。しかし実際に医療通訳を利用した経験のある医療機関は、全体の13パーセント程度と極めて少なく、外国人患者への対応が遅れている現状がうかがえる。

※1 「医療機関における外国人旅行者及び在留外国人受入れ体制等の実態調査」の結果

救急医療における外国人患者への対応

私が指導教官を務めている国際医療福祉大学大学院「医療通訳・国際医療マネジメント分野」では、このような「外国人医療」や「医療通訳」に関する研究を行っている。

ここで学び、また自身も救急医療での看護師である伊豫田(いよだ)かなえさんは、神奈川県内の「外国人患者受け入れ可能」としている31の救命救急センターでの現状を調査した※2。

この研究によると「日本語でのコミュニケーションが難しい外国人患者は、軽傷でも救命救急センターへの搬送が多いこと」「日本語でのコミュニケーションが難しい外国人患者は、救急医療では通常よりも対応に時間を要すること」「医療通訳の活用はほとんどなく、医療者自身が対応せざるを得ない状況が多いため、不十分な対応となっていること」などが明らかになった。

※2 救急医療における外国人患者とのコミュニケーションの現状に関する意識調査(平成29年度 国際医療福祉大学大学院 医療福祉学研究科医療福祉経営専攻修士課程 医療通訳・国際医療マネジメント分野 課題研究抄録集. 2018. 1.)

予想の「斜め上」をいく中国との医療文化の違い

ただ医療現場では「言葉の違い」だけが問題になるわけではない。外国人患者を受け入れる際には「言葉の違い」に加えて「医療文化の違い」もある。この医療文化の違いは日本と英語圏とではそれほど大きくはないが、中国のそれとなると次元は異なる。

同じ研究コースでの修士論文で、武居尚子さんは中国の大病院10施設の入院案内を分析し、日本と中国の医療文化の違いを探り出した※3。そこでわかったのが「支払い」「付添人」「生活に関するマナー」「食事」に関しては、日本と中国での違いが大きく、トラブルの原因となり得るということである。

具体的には、中国では医療費は事前通知してから先払いで支払い、入院中の患者の身の回りの世話は看護師ではなく患者が個人で雇う付添人が行うのが一般的であること。また生活に関するマナーに関しては、具体的な禁止事項を列挙しない限り患者は自由に振る舞い、さらに中国では基本的に病院食というものはないので「食事も治療に含まれる」という概念がないというのだ。どれも日本の視点からは予想の「斜め上」をいく違いばかりで驚かされる。

※3 異文化理解による中国人患者受入れに関する留意点 ―日中の入院オリエンテーションを比較して―(平成29年度 国際医療福祉大学大学院 医療福祉学研究科医療福祉経営専攻修士課程 医療通訳・国際医療マネジメント分野 課題研究抄録集. 2018. 1.)

求められるのは「現場のニーズに沿った」サポート

ではこういった「言葉の違い」と「医療文化の違い」に、日本の医療機関はどのように対応すればいいのであろうか。もちろん有能な医療通訳者の導入が最重要事項ではあるのだが、救急医療や入院治療では医療者自身がアプリやICT機器(タブレット端末などの情報通信技術)を使って、ある程度対応せざるを得ないのが現状だ。

ただ現存するアプリやICT機器、そして医療者向けの語学研修などは、現場のニーズに沿わない「高スペック」なものが多いので、これらをより「現場のニーズに沿った」ものに変えていく必要がある。

また医療機関側の負担が少ない電話医療通訳を導入し、他の病院で用いている「多文化に対応した院内案内」などを採用するなどして、できるだけ医療現場に負担がかからないような対応が求められる。

働き方改革でも他分野に比べて遅れを取っていると言われる医療分野ではあるが、増加する外国人患者の受け入れを通して「例外的なものを受け入れる」ことに耐性がつき、少しでもダイバーシティ&インクル―ジョンな環境になってほしいと願っている。


文:押味貴之(英語医療通訳者・医師)
イラスト:つぼいひろき

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