観光都市、台東区のインバウンド戦略は「食のダイバーシティ」

ハラール認証を取得している飲食店のメニュー

訪日外国人の受け入れ対策や、地域活性化の取り組みについて、東京23区の担当者にお聞きする「東京23区インバウンド事例紹介」。今回は、上野・浅草といった江戸時代から続く行楽地を抱える台東区にフォーカスします。台東区文化産業観光部観光課にお話を伺いました。

※ダイバーシティ(diversity)は、「多様性」を意味する言葉


――上野、浅草を擁する台東区は、江戸時代から続く行楽の中心地ですね。その歴史を教えてください。

台東区 浅草寺や寛永寺(かんえいじ)かいわいは、古くから門前町としてにぎわった一帯で、上野公園内にある京都の清水寺を模した清水観音堂や、琵琶湖になぞらえた不忍池(しのばずのいけ)なども、庶民の憩いの場として親しまれてきました。

浅草には幕府の公認を得た芝居小屋である猿若三座(中村座、市村座、森田座)があり、歌舞伎の興業が盛んに行われ、江戸屈指の娯楽の町へと成長していきました。明治時代になっても、東京の主要な繁華街は上野・浅草だけでしたが、徐々に、娯楽も商業施設も東京全域に分散していき、昭和40年代には、浅草は一時的に火が消えたような状態になりました。そして昭和50~60年代、当時の区長のリーダーシップの下、隅田川花火大会、浅草サンバカーニバル、浅草流鏑馬(やぶさめ)、東京時代まつりなどが次々と始まり、台東区は観光地として再びにぎわいを取り戻し、今に至っています。

不忍池上野公園の南端に位置する不忍池。水面にはハスが広がる

――現在、台東区を訪れる外国人旅行者は、年間でどのくらいですか?

台東区 区が2年に1度実施している調査では、2016年に台東区を訪れた外国人観光客は、約830万人でした。同年の訪日旅行者の総数が2,400万人ほどですから、訪日旅行者のほぼ3人に1人が、台東区を訪れたということになります。上野や浅草は、成田空港からも羽田空港からもアクセスが良く、地の利の面での恩恵も大きいと思います。

――外国人観光客に人気の観光スポットや、アクティビティはありますか?

台東区 浅草寺の雷門から本堂にかけては定番スポットですし、アメ横での買い物も人気があります。上野公園の桜は海外でも有名ですが、実は谷中霊園周辺も花見の穴場です。その谷中に、好んで滞在する欧米の旅行者は少なくありません。手頃な価格で、親切な家族経営の旅館があり、戦前からの町並みや下町情緒が魅力だと外国人観光客の方は言います。一方浅草では、着物で町歩きを楽しむ外国人がとても増えました。浅草寺周辺には、着物のレンタルと着付けをする店がたくさんできて、ブームは日本人観光客の間にも広がっています。まさに外国人観光客から火がついた、「体験型」の観光です。

外国人観光客にも人気の谷中霊園の桜並木

――そうした好奇心いっぱいの外国人観光客に向け、情報発信はどのようにしていますか?

台東区  「Visit Authentic TOKYO」というウェブサイトで情報を発信しています。日本人が求める情報と外国の方が興味を持つ情報は、必ずしも同じではありません。台東区の場合、日本語版と英語版の観光案内サイトは、それぞれ独立したものを作っています。Visit Authentic TOKYOでの情報発信は、英語のネイティブスピーカーにお任せしているので、ちょっとしたお土産から、神社仏閣の参拝マナーまで、彼らの目線での情報がたくさん盛り込まれています。

他に情報発信の工夫として、SNSや紙媒体でも、多言語化を進めています。Facebookにはすでに、英語繁体字(台湾・香港)、韓国語タイ語インドネシア語日本語ムスリム向けのページがあります。中国本土に向けては中国圏で最も大きなソーシャルメディア、微博で簡体字による発信をしています。ウェブサイト同様、こちらもそれぞれネイティブスピーカーのスタッフに委託し、その国の人の視点で情報発信をしてもらっています。この他、印刷物も日本語を含めて13言語で用意しています。インバウンドの誘致において言語は重要な問題です。海外の旅行博に資料を持って行っても、対象とする国の言語で書かれたものでなければ、読んでもらえないとこれまでの経験で学びました。

――東南アジアの旅行者誘致とムスリム対応にも、熱心に取り組んでいますね。

台東区 東南アジア6カ国からの訪日旅行者は、2017年の速報値で290万人。前年比で約16パーセント、およそ40万人という伸びを示しています。東南アジアから見た日本は、地理的にやや遠い国なので、訪日旅行の滞在期間は長めとなり、経済的な波及効果も期待できます。1週間日本に滞在するのなら、その間にぜひ台東区にも寄っていただきたいと考え、私たちも誘致活動に力を入れています。
Muslim Welcome Taito Tokyo

東南アジアは、世界最大のムスリム人口を抱える地域でもあります。インドネシアは人口の約9割、マレーシアは6割強がムスリム(イスラム教徒)です。台東区でもヒジャブ(女性が頭髪を覆う布)をまとった旅行者を、本当によく目にするようになりました。ムスリム旅行者にとって、旅先での気掛かりといえば「食」と「礼拝」です。そこで区では2015年に、飲食店などのハラール(※2)認証取得費用の一部を負担する「台東区ハラール認証取得助成事業」を立ち上げました。個店が認証を取る際にかかる費用の半額(ただし、10万円が上限)を助成しています。

※2 イスラム法において合法なもので、ここではイスラム法で食べることを許されている食材を指す。ハラール認証とは専門家が、ハラールであることを保証する制度。ハラール認証機関は世界に200以上あり、日本にもある。

台東区 ハラル

外国語のメニューや、使用食材を記載したメニューを用意している飲食店がわかるステッカー。店舗に貼られている

――ハラールは台東区で、どの程度浸透しているのでしょうか。

台東区 2015年から2018年4月までの約4年間で、22店が区の助成制度を使ってハラール認証を取得し、現在交渉中の案件も複数あります。制度が始まる前に独自に認証を取った1店と合わせ、認証を受けたハラール対応レストランは現在区内で23店。その情報は「Muslim Friendly Map in TOKYO(ムスリムおもてなしマップin台東区 ver.10)」に掲載し、配布しています。以前はハラールのカップラーメン持参で来日するムスリム旅行者も多かったそうですが、最近は上野・浅草周辺では安心して外食が楽しめると、好評です。ハラール対応店は今後も増える見込みですので、年4回のガイドマップ改訂を通じ、常に最新の情報を旅行者に提供していく予定です。

台東区 飲食店のシール

メニューなどに貼って、料理に使われている食材を示すシール

――台東区のインバウンド施策は、今後どのような方向を目指しますか?

台東区 台東区ハラール認証取得助成事業をきっかけに、ベジタリアンやヴィーガン(※3)も視野に入れて、今後は「食のダイバーシティ」を実現した観光地を目指します。また、浅草料理飲食業組合などでは、加盟店が最低1品目、ベジタリアン向けのメニューを用意する案を検討しています。ムスリム文化にあまりなじみのない店が、ベジタリアン向けのメニューからハラールへ展開したり、ヘルシー志向のメニューが一般女性にも注目されたりと、さまざまな広がりが期待できそうです。

※3 動物性食物を一切拒否する厳格な菜食主義

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会を見据えた取り組みも重要です。今後、インバウンドの誘致をめぐる自治体間の競争がますます激化していくと予測される中で課題となるのは、訪日リピーター観光客の獲得です。それを実現するためには、台東区が地方や他区と協力し、観光客のより広域的な回遊を促す努力が必要になるでしょう。例えば上野駅を通る北陸新幹線を使った富山県との連携事業、浅草駅発着の東武鉄道を使った日光・会津との連携事業など。出入国は東京、中間日に地方に滞在する広域的な観光コースを世界に向けて発信していきたいと思います。


取材・文:田中洋子
写真提供:台東区、フードダイバーシティ株式会社

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