100年の歴史を誇る老舗旅館「加賀屋」の若女将が語る、インバウンドのおもてなし

加賀屋若女将 小田絵里香さん

年々、在住・訪日外国人数が増える状況において、日本の地方都市も旅行先としてさらに注目を集めています。石川県・和倉温泉「加賀屋」で若女将として活躍する小田絵里香さんに、加賀屋さんならではの外国人客への接遇やおもてなしなどのインバウンド施策についてお伺いしました。

加賀屋
1906年9月創業。1981年より36年連続で、旅行新聞新社が主催する「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」総合部門で1位を受賞。2017年には総合3位となり連続記録は途絶えたものの、2018年に再び総合1位に返り咲く。2010年12月、台湾北投温泉に「日勝生加賀屋」を開業。

年間1万5,000人の台湾人を魅了する能登半島の老舗旅館

――最近は地方に足を延ばす外国人観光客も増えていますね。加賀屋さんで日本の老舗旅館の魅力を堪能する外国のお客さまも多いことと思います。

小田 はい、特に台湾のお客さまが多いですね。今から22年前、ある会社の社員旅行を受け入れたのがきっかけです。日本の自動車メーカーが、台湾のディーラーを招待して、私どもの宿を初めて利用されました。

400人規模のそのツアーは、毎年、名古屋を中心に実施されていたそうですが、せっかくの訪日旅行なので、どこか日本らしい場所に行ってみたい、旅館にも泊まってみたいということになり、和倉温泉の加賀屋に白羽の矢が立ったのです。石川県へのインバウンド(訪日旅行客)はまだ少なく、私たちも外国からの団体旅行受け入れは初めてでしたから、あたふたしながら準備をしました。

――初めての外国人の団体旅行、感触はいかがでしたか?

小田 台湾の旅行社と事前によく話し合って、どうおもてなしすれば喜ばれるか一生懸命考えました。最初は食事のお好みもわからず、「台湾の人はアワビが大好きなので、ぜひアワビを」などと教えていただきましたね。

到着した台湾の皆さんは、浴衣に着替えるときから本当にうれしそうでした。浴衣を着るだけで、とびきりの“非日常”なのです。御宴会の最後には、一緒に炭坑節を踊ったりして(笑)、皆さん大満足で楽しんでいただいたと思います。

それ以来、台湾からのツアーは徐々に増えていきました。2003年には能登空港が開港し、台湾からのチャーター便が発着するようになり、現在、加賀屋に宿泊される台湾のお客さまは、年間1万5,000人前後で推移しています。

――台湾のお客さまを20年以上おもてなししてきて、今でも気をつけていることはありますか?

小田 台湾の方たちは、月命日をとても大切にしていて、その日は食事も精進料理でなくてはなりません。朝突然、「今日は○○の命日だから、卵も肉も刺し身も食べられない」と言われて、慌てることがありました。よくお造りに小さな菊花を添えますが、台湾のお客さまは「菊は仏花で縁起が悪い」と嫌いますから使いません。同じように、「綾車」という宴会場は、「霊柩車」を連想させる名前だというので、名前を変えて対応しています。

台湾に限らず中華圏のお客さまを迎えるときは、色彩にも気をつけますね。宴会場の入り口に張り出すツアー名は赤地に金文字、お膳に掛ける御膳紙も、赤で印刷したものを使います。乾杯酒には金粉を散らすなど、とにかく華やかにお迎えするよう心掛けています。

地方の宿だからこそ、最高の旅の思い出を約束したい

―― 一口にインバウンドといっても、お国柄があるものですね。

小田 ええ、一般に欧米の方は、ツアーであっても思い思いに時間を過ごしています。大浴場はあまり好まず、半数がシャワーや内風呂を希望されますね。反対に台湾の方たちは、団体行動が大好きです。今はそうしたことはありませんが、当初は大浴場を温水プールのように思ったのか、集団ではしゃいで、他のお客さまから私たちにご注意をいただくこともありました。

台湾の方は、社長さんとか、先生とか、総支配人とか、肩書がある方が直接コミュニケーションすることをとても好意的に受け止めてくれます。私もごあいさつの際、「ウォー シー シャオラオパンニャ(台湾語で“若女将でございます”という意味)」と自己紹介をするのですが、それだけで歓声が上がります(笑)。

加賀屋若女将 小田絵里香さん

――日本人と外国人で、接客の仕方に何か違いはありますか?

小田 外国人だからと、対応を変えている意識はありません。むしろ外国のお客さまのほうが、日本のおもてなしを興味深く思われるようです。例えばチップが当たり前の国の方たちは、「こんなに自分によくしてくれて、しかもチップも受け取らないの?」と、感心したり不思議がったりされます。

私たちは、お客さまのお役に立ちたくて、当たり前のことを当たり前にやっているだけなのです。能登は半島で、その先には海しかなく、目的がなければ足を運びづらいところです。だからこそ、来てくださったお客さまには、何としても良い思い出を持って帰っていただきたい。先代からの強い思いです。

――加賀屋さんに宿泊する外国人観光客は、他にどのような場所を訪れるのですか?

小田 春は「雪の大谷」が人気ですね。冬の間に豪雪で埋もれた立山黒部アルペンルートを除雪すると、道の両側に20メートルもの雪の壁がそそり立つ、「雪の大谷」が出現します。迫力満点の景観ですよ。秋は何といっても、黒部峡谷が真っ赤に染まるもみじ見物。一年中温暖な台湾からすると、変化に富んだ日本の四季はとても魅力的で、「見るべき所がまだこんなにある」と、何度も何度も来日するリピーターが大勢いらっしゃいます。

今、一番人気のあるコースは、能登から金沢へ出て、さらに白川郷や飛騨高山を訪れ、最後に名古屋で買い物をして帰国するルートです。能登半島が縁起のよい龍の形に似ているというので、「ドラゴンロード」の名で親しまれています。また最近は、北陸新幹線が乗り入れる金沢を拠点に、京都や東京を訪ねるお客さまもいます。金沢は大都市と比べて物価が安いですから、これからもっと増えるのではないでしょうか。

国鳥の「キジ」が象徴する日本のおもてなしの神髄

――インバウンドの集客について、加賀屋さんの取り組みを教えてください。

小田 営業部内に新たにインバウンド課を作り、ネットで情報収集をする旅行者への対応として、Webチームを強化しています。最近は「インスタ映え」への配慮も欠かせませんので、シャオラオパンニャ(若女将)の私も旅館のアイコンになったつもりで、加賀屋のちょうちんをバックに、お客さまとどんどん写真に納まるようにしています。すると、お客さま自身がSNSで拡散してくださいますからね。

2010年には、台湾に「日勝生加賀屋」をオープンしました。東南アジアの皆さんに、まず近くの台湾で日本式の旅館を体験してもらい、そこから訪日につながればと思っています。

――外国人客と接するスタッフの皆さんは、どのようにして外国語を身に付けていますか?

小田 英語と台湾語の簡単な会話集を、全員が携行して仕事をしています。また、英語を話す社員も、台湾出身の社員もおりますので、彼女たちが中心になって、定期的に英語と台湾語の講座も開いています。

でも言葉の壁を越えるのは、やはり“心”なんですよね。お見送りのとき、客室係が、台湾のおばあちゃまとハグし合っている場面を見ると、胸が熱くなります。お客さまに気持ちよく、楽しく滞在していただこうと、一生懸命おもてなしするからこそ、こうしたお客さまとの絆が生まれるのだと思います。

――加賀屋さんにとって、また若女将にとって、「おもてなし」とは何でしょう。

小田 おもてなしには、「おもて」もなければ、「うら」もありません。そしてその基本は、「笑顔で気働き」です。「できません、わかりません、知りません」を言わない、“Noと言わないサービス”も、私たちのモットーです。

サービスとは、「プロとして訓練された社員が、給料をいただいて、お客さまのために正確にお役に立って、お客さまから感激と満足感を引き出すこと」です。お客さまが何をしてほしいのか、「半歩ほど先」のことを察して動きましょうと話しています。

当社にはベテランの名物マネジャーがいて、彼女はお客さまから加賀屋のおもてなしの話を聞かせてほしいとご要望があったとき、「笑顔で気働き」というテーマで講演を行うのですが、そこでよく「キジの話」をします。火事で森の中に住む鳥や獣が逃げ出すなか、キジは自分が犠牲となってひなを守り通したというお話です。このキジの姿はとても日本人的で、キジが日本の国鳥であるのも、なるほどとうなずけます。お話が象徴するように、自分が損をしてでも誰かのために尽くしたり、他人の幸せをわが事のように喜んだりする精神、それが日本のおもてなしの神髄ではないでしょうか。

加賀屋若女将 小田絵里香さん

――おもてなしを支える社員教育にも、当然、力を入れておられると思います。

小田 おもてなしの「見える化」に努めています。

例えば、自分の対応でお客さまが一番喜ばれたことを、「今月のベスト・オブ・私のおもてなし」として全員に挙げてもらい、互いに刺激し合い、学び合っています。ある客室係は、自分が担当する「もみじ」フロアに宿泊された新婚旅行のお客さまに、もみじには「大切な思い出」という花言葉があると話してお祝いを申し上げ、たいへん喜んでいただいたそうです。それを聞いて、自分の担当フロアの花言葉は何だろうと、みんなが自発的に調べて花言葉集を作ったこともありました。

社員は全員、常に日々の目標を意識しています。お客さまが客室係と一緒に写真を撮りたいと言ってくださることも、「また来るね」と言っていただくことも目標です。こうした言葉をいただいた日は「〇」、そうでなければ「×」と、毎日自分で印を付けます。

気持ちのよい笑顔の仲間に、「スマイルカード」を渡し合う活動もそうです。月ごとにカードの数を集計し、たくさんカードをもらった社員には、褒賞を出します。今の時代、叱って伸びる人など、一人もいません。律するという意味で叱るのは別として、私たちの職場でも今は「褒めて伸ばす」が主流です。

――最後に、今後の抱負をお聞かせください。

小田 石川県はいま、知事が先頭に立って、県全体で観光を振興させようと、官民挙げてインバウンド誘致に取り組んでいます。これからは、ただ宿泊して帰るだけではない体験型の旅を、活性化させていきたいですね。楽しいアクティビティが増えると、地域全体のリゾート化が進むでしょう。海が近いので、たとえば和の要素を取り入れたクルーズなど、何か加賀屋らしい表現で、地域観光の促進に役立ちたいと思っています。

能登半島・七尾湾に面して立つ加賀屋
能登半島・七尾湾に面して立つ加賀屋


  • 取材・文:田中洋子
  • 写真:横関一浩

関連記事

  1. 4技能英語資格試験のこれからを考える講演会、神戸学院大学にて開催…
  2. 駒宮俊友さん(翻訳者、テンプル大学ジャパンキャンパス生涯教育プログラム翻訳講座講師) 仕事がサクサク進む! 翻訳スキル活用法
  3. オックスコンサルティングの高橋佑輔さん、福岡拓実さん 新規参入が相次ぐ宿泊ビジネス最新動向――増え続ける訪日外国人を迎…
  4. 山崎剛さん SNSの「つながる」力をリアルに体現。ソーシャルアパートメントと…
  5. ダイバーシティ&インクル―ジョンが求められる日本の医療現場 ダイバーシティ&インクルージョンが求められる日本の医療…
  6. ラグビーワールドカップ ボランティア 「ラグビーワールドカップ2019™日本大会ボランティア」 募集受…
  7. 外国人観光客 JNTOが地域におけるインバウンド振興促進のためバックアップ体制…
  8. 一棟貸しの宿 外国人富裕層に人気の一棟貸しのお宿
PAGE TOP