地方都市のインバウンド対応にいかす、地理学者の視点

地理学者の宮口侗廸(みやぐちとしみち)さん

地理学者の宮口侗廸(みやぐちとしみち)さん。専門は社会地理学・地域活性化論。日本と、ヨーロッパの都市と農村を見つめ続けてきた地理学者の視点から、異文化を受け入れる町づくりのヒントを語っていただきました。

田んぼが育てた日本の農村文化広場がつくったヨーロッパの町

――訪日観光客の間で日本の「田舎」への注目が高まる一方、過疎化による農山村の衰退が深刻です。先生から見て、日本の「田舎」とは、どのような場所で、どのような変遷を経て今に至っていますか?

宮口 山の麓に家があり、家の前には田んぼがある。水は山から流れてきて田んぼを潤し、谷川も無数にあって、どこにでも水が引ける。これが日本の農山村の原型です。日本は努力すれば田んぼが報いてくれる風土ですから、小さな集落から出て行く必要も、見知らぬ人と出会うことも、昔は滅多になかったでしょう。稲が育つ夏場には雑草も繁茂するので、田んぼに生きる人は、ひたすら下を向いて黙々と働いてきました。五穀豊穣や災厄除けを祈る祭りといった社交の場はあったかもしれませんが、普段はあまり人の目を見ずに話し、人々の社交性が豊かであったとは言えないと思います。

江戸時代には地方にも小都市ができ、多くの商人や職人でにぎわう、農村とは違った雰囲気の地域社会になっていきました。そして近代、日本経済は都市の成長によってけん引されてきたため、小さい町は大都市との関係との中でしか、生き残れなくなった傾向があります。都市は人を吸い込みながら郊外へと広がり、遠くにある小さな町や村では、過疎と高齢化が進んで現在に至っています。

――その状況を改善しようという流れが今あって、先生ご自身もさまざまな形で、地方の活性化に関わっていらっしゃいますね。

宮口 中心市街地の活性化といった話ですが、「活性化」とは、人と人が接触することで、今までにないものが生まれやすくなる状態のことです。富山市では再開発事業として2007年に、大型商業施設のビルの建設でなくなる路地をまとめて、ガラスの屋根をかけ、「グランドプラザ」という名称の全天候型の野外広場にしました。この野外広場は、まちづくりとやまという会社が管理していて、NPOの応援もあって、民間企業の展示会、コンサート、冬季限定のスケートリンク、学校行事など、さまざまな催しで365日のうち7割くらいは活用され、市民の集いの場となっています。

ヨーロッパの町には、人と人が出会う場として、必ずこうした広場があり、その周りに役所、教会、商店、カフェなどが集まっています。古代ギリシャの都市にはアゴラと呼ばれた広場があり、常に人々が行き交い、情報交換が行われていたのです。これがヨーロッパの広場の原型で、ローマの時代にはフォルム、後にスペイン語でプラサと呼ばれるようになっていきます。日本でも、広場は町の活性化の一助になると思いますよ。

広場に人が集うヨーロッパの町
広場に人が集うヨーロッパの町

野性と普遍性のドッキング――
異質な出会いが新たな価値を生む

――外から旅行者がやって来ることは、地方都市や農山村にとって、観光産業という以外にどんな意味がありますか?

宮口 狭い地域の中だけで育ち、暮らしていると、自分の力が広い世界で通用するかどうかはわかりません。それを知るには、自分とは異なる育ち方をした人、センスや発想が違う人との付き合いが必要で、それが「交流」ということです。「交流」とは、内輪で飲み会をすることではありません。自分とは違う世界の人との接触を通して、互いに刺激を受けることで、人間は学び成長するのです。

地方の農村に、おいしい野菜を作る名人がいるとします。野菜を作るワザは自然を活用する、いわば「野性的能力」です。一方、野菜を上手に売って、利益を増やすことに長けた人もいます。こちらは「普遍的な能力」です。野性的能力をもつ人が、普遍的能力をもつ人と出会えば、能力はより広い世間で受け入れられ、普遍的な力をもつ人も、優れた野性的能力に刺激されて成長していきます。基本的には、大都市では普遍的能力が育ち、地方では野性的能力が育ちますから、都会の人と地方の人との交流には、大きな意味があるわけです。

私はこれを、「野性と普遍性のドッキング」と呼んでいます。「野性と普遍性のドッキング」の事例として、ユズの加工品を通販中心に販売している高知県の馬路村(うまじむら)や、観光名所となるほど充実した物産センターで野菜、肉、酒類など多彩な地産の食品を販売している群馬県の川場村などが挙げられるでしょう。

地方では近年、都市からの移住者を盛んに誘致していますが、重要なのは移住者の数ではなく、どういう力をもつ人が入ってきて、その人が何をするかです。コミュニティーにいかに刺激を与え、いかに有益な役割を果たすかが移住者の価値なのです。

――最近は、農山村への移住に関心がある若者も増えているようですね。

宮口 そのとおりです。人口減少や高齢化が進行する地方で、地域以外の人を受け入れ、地域力の強化を目指す「地域おこし協力隊」という制度がありますが、その制度で地方に入ったメンバーは、4500人くらいはいるでしょう(2017年4月)。現代の都会育ちの若者にとって、日本の田舎というのは別世界らしく、一昔前の若者が外国に憧れたのと同じような感覚があるようです。

彼らに限らず、地元の人とは違う視点をもつ移住者には、その地域に貢献しうる潜在的な価値が必ずあります。移住者が外国人でも同じですよ。会ったことのないタイプの人間との出会いを喜ぶ気風が、受け入れる日本人の側にも、ようやく出てきたように思います。

訪日外国人の心をとらえる“日本の田舎”の魅力

――移住とまではいかないまでも、地方に足を延ばす外国人旅行者は、確実に増えています。日本の田舎には、彼らを惹きつけるどんな魅力があるのでしょう。

宮口 外国人、特に欧米の人にとって、日本の農村というのは、素晴らしく美しい場所なのです。そもそも山が美しい。ヨーロッパの山には、日本の山ほど豊かに木は生えていません。肉を食べるために山で家畜を放牧するからです。過疎地域の農山村は、都市化と無縁であったため、日本の農村が本来的に育ててきた自然と共生する生活が残っています。農地や林地などを活用するワザも、継承されています。

いずれにせよ、日本のように美しい山々を背景に持つ穏やかな農山村の風景が、現代にまで受け継がれている国は、世界にあまり例がありません。小規模農業でやってきたからこそ、美しい農山村が今に残っているのです。そのうえ、こうした農山村で暮らす人たちは、支え合って生きてきたためか、基本的に温かいのです。特に困っている人には親切です。明治時代に政府の法律顧問として日本に滞在したフランス人の弁護士ジョルジュ・ブスケは、日本人は本質的に優しい人達だと言っていますし、はるか織田信長の時代にもキリスト教の宣教師が、田舎の村の老婆に、「お腹空いていないかい?」と声をかけられ感激したと、伝えられています。

山裾に水田が広がる日本の農村、川場村の風景 (写真提供:宮口氏)
山裾に水田が広がる日本の農村、川場村の風景 (写真提供:宮口氏)

――地方都市、あるいは農山村が、外国人旅行者を受け入れるうえで、注意したほうがよいことはありますか?

宮口 もともと外国人旅行者は、日本の農村風景に対する期待値が高いようです。また少なくとも欧米人は、田舎に行く以上は不便で当たり前だと思っている人が多いので、ちょっとやそっとのことで不平は口にしないのが一般的です。日本人は生真面目なので完璧にやらなくてはと考えがちですが、完璧な「おもてなし」を意識すると、むしろ互いに重荷です。異文化コミュニケーションは単純明快がいいのです。気負う必要はありません。

外国人を迎える地域社会にも、外国人が来るだけでうれしいという人もいれば、やはり苦手だという人もいます。ですから、外国人旅行者誘致のために、行政が一律に何とかしようというのは、あまりおすすめしません。小さな村であれば役場でも、「あのおばちゃんなら、外国人が来ても大丈夫」といった情報はつかんでいますから、そういう人たちをいかして、いろんな仕組みを作っていけばいいと思いますよ。

――では、あったほうがよいサービスは? 英語の勉強も必要ですか?

宮口 まずどんな小さな町でも、外国人旅行者向けの英語のマップは必要でしょう。そのマップを元に、モデルルートみたいなものや、英語が通じる宿やお店の情報も紹介できるといいですね。ヨーロッパの田舎にも農家民宿がありますが、あちらは小さな民宿でもルールがきちんと整っています。

海外から来た観光客の方に、トラブルなく快適に過ごしてもらうには、日本でも宿のルール、地域のルール、温泉がある町では温泉の入り方なども、ちゃんと伝えることが大切でしょう。外国語ができる人に、紙に書いてもらうなどの方法もありますね。イエス、ノーをはっきり言うことも大事です。英語については、一般の人が外国人観光客とコミュニケーションをとるには、知っている2~3語の単語を、組み合わせてみるだけでもいいので、伝えたいという気持ちを表せるといいですね。

田舎らしい素朴な魅力が「野性的価値」なら、それらの対極はいわば「普遍的価値」です。ここでも「野性と普遍性のドッキング」が必要で、そのうえで、外国人旅行者が何に興味をもったかとか、喜んだかとか、経験を通じてその土地ならではの魅力が磨かれていくのです。

宮口侗廸(みやぐちとしみち) 早稲田大学名誉教授、文学博士

「普遍的まなざし」で地域を見つめ
身近な交流から始めよう

――まずは自分の地域の魅力や価値を、自分たち自身が知ることも重要そうですね。

宮口 そうです。そしてその際は、必ず「普遍的なまなざし」で自分の町を眺めることです。私は郷里の富山で講演するとき、「我々富山の人間は、恵まれた地域経済の元で、すんなり生きてきたぶん、コミュニケーションをおろそかにしがちだ」とか、「新しい人間関係から何かを生み出す力が弱い」といったことを、いつも話してきました。これも「普遍的なまなざし」の一例です。

―― 先生の「普遍的なまなざし」は、広く世界を歩かれたたまものですね。外国人に対する姿勢では、先生がよく行かれるヨーロッパに、私たちが学ぶべきことはありますか?

宮口 日本の地方には、毎年同じやり方で稲を育て、同じ集落の中で、大きな変化も経験せず生きてきた歴史があります。そのような風土の中では、他人とあまり会話をしなくても過ごしてくることができました。だから、話をしなくても、酒を注ぎ合っているだけでなんとなくわかりあう日本流のコミュニケーションが育ったのでしょう。

対してヨーロッパは、古くから世界中の旅行者、つまり異文化を受け入れてきました。イタリアやスペインは社交性では世界屈指です。雑多な人が行き交う広場にも、バルやカフェにも、至るところに会話が溢れています。そのような環境の中では、旅行者も自然と町に溶け込んでいきます。

多くの外国人観光客が訪れるようになった今、日本の地方都市がヨーロッパの国々に学ぶことはたくさんあると思います。まずは、私たちも地元のカフェで外国人を見かけたら、「こんにちは」だけでもいいから気軽に話しかけてみましょう。それが異文化を受け入れる町づくりの始まりです。

宮口侗廸(みやぐちとしみち) 早稲田大学名誉教授、文学博士
1946年、富山県富山市(旧細入村)生まれ。
東京大学大学院博士課程にて社会地理学を専攻し、早稲田大学に勤務。1985年教授、その後、教育・総合科学学術院長を歴任。2017年退職して名誉教授。
国土審議会専門委員、大学設置審議会専門委員、自治大学校講師、富山県景観審議会会長等を歴任。現在、総務省過疎問題懇談会座長、富山市都市計画審議会長を務め、公共系の雑誌への寄稿、全国の自治体での講演などで、地方の発展のあり方について発言を続ける。1985年から富山市在住。主な著書に『新・地域を活かすーー地理学者の地域づくり論』(原書房)。

 


  • 取材・文:田中洋子
  • 写真(人物):前田賢吾

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